INTERVIEW

業歴135年の老舗企業、
5代目社長が譲渡を決断した理由

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及能株式会社 代表取締役 及能 正泰 氏

及能株式会社 代表取締役 及能 正泰 氏

北海道函館市で不動産賃貸、倉庫業、畳製造販売、食品製造を展開する及能株式会社。その創業は明治期にさかのぼり、業歴は130年以上になる。北海道の歴史とともに成長を遂げてきた、函館を代表する老舗企業の一社として知られている。同社の5代目社長である及能正泰氏は2020年8月、長年の相続で26名もの株主に分散していた同社株式の集約を図るため、不動産業や青果流通業など複数の事業を手掛ける株式会社マルエイホールディングスに会社を譲渡した。老舗企業の譲渡に至った経緯や心境について聞いた。

異業種の4つの事業を展開
経営のリスクを分散する多角的な経営戦略で
環境の変化にも柔軟に対応

及能の創業の経緯を教えてください。

当社の創業は、1885年に初代の及能仁三郎が石川県金沢市から畳職人として函館に入植したのが始まりです。祖業の畳業は主に夏場の仕事ですから、冬が長い北海道では仕事のできる期間が限られます。そこで初代は冬の間の収入を得るために、蓄財して借家などを建てたり買ったりして不動産業に取り組みました。

明治時代は北海道の開発が盛んで、函館はその物流拠点となっていきました。そこで、倉庫業にも進出しました。平成になり、私が社長になってからは、畳業、不動産業、倉庫業に加えて、昆布巻きや昆布の甘露煮などを作る食品製造部門も立ち上げました。今はこの4つの事業部門を展開しており、2016年には売上高が13億円に達しています。

いつ頃、五代目社長に就任されたのですか?

及能株式会社 代表取締役 及能 正泰 氏
企業譲渡を決断した背景には、長年、難しい対応を迫られてきた株主対策という問題もあったという。「株式が初代の子孫に代々相続され分散して、株主の数は26名になっていました。株主の方々とは、親族とはいえ物理的な距離や人間関係の距離もさまざまで、私は皆さんとの関係を持てていましたが、我々の代から次の世代に相続されていけば、株主を把握できなくなることが予測できていました。長男に跡を継いでもらう選択肢もありましたが、それが本人の幸せになるのか、また変化の激しい時代に同族だけで会社を経営していくことが本当によいのか――いろいろなことを熟慮した結果、会社の譲渡を決断しました」

私が父から経営を引き継ぎ、5代目として社長に就任したのは40歳のときでした。子どもの頃から「次の社長はお前にやってもらう」と父に言われており、及能には20代より入社、途中で父が病気になったこともあって30代半ば頃には、実務的にはほぼ私が経営できるようになっていました。40歳という年齢を機に、実際の社長としてバトンタッチした形です。

社長に就任してからは、環境が変化する中で事業をどうしていくのか、何かしらアクションを起こさないといけないと考えていました。畳業に関しては札幌に営業所を立ち上げて、全道に販路を広げました。最初にお話ししたように、食品製造業は私の代から始めました。当社の倉庫で水産物を預かっていたこと、また私自身が食べ物の商売をしたかったことから、昆布巻きを主とした食品製造業を開始しました。畳や不動産はエリアが限定される仕事でしたので、食品メーカーになれば全国に販路を広げ仕事ができるのではないかと思ったのです。常に何か新たな仕事を模索してきました。

及能の事業の強みは?

畳、不動産、倉庫、食品製造と、全くの異業種を経営することで、経営のリスクを分散できていることが強みだと思っています。例えば函館といえばイカが名物ですが、ここ数年はイカの不漁が大きな問題となっています。倉庫業では、イカの水揚げが減ったせいで売上が落ち込みました。食品製造業も原材料費が高騰してしまい、利益を圧迫しています。しかし、長年にわたって物件を取得してきた不動産業の業績は安定しているので、他部門が多少苦戦しても補うことができています。

私はその時々の状況に自社の環境が適応しているかどうか、適応するための自分の会社の強み弱みはどこにあるのか、そうした課題を総合的に判断して事業展開してきました。時には新型コロナウイルスの感染拡大のように突然降って湧いてくる災難もあります。さまざまな環境に対応できるように多角的に事業を展開していることが弊社の強みになっていると思います。

ご自身の代で老舗企業の譲渡を決断したきっかけは?

最初のきっかけは、ストライクの中辻さんから、たまたまお声がけいただいたことでした。そのときは、当社の一部門の売却の話でしたが、それをきっかけに当社全体の今後の行き先を考えるようになったのです。

当社の事業基盤は安定していますので、仮にこのまま無為無策で経営しても5年、10年と会社は存続できると思います。ただ、私が引退する年齢になったとき、会社をどのようにしていなければならないか?極端な発展はしていなくても、激しく変化する時代の流れに対応できる会社にしておかなければ、社員やお客様、当社に関与されている皆様にご迷惑をかけてしまうことになります。そのような状態のままで自分だけ会社から離れて引退してもいいのだろうかと疑問に思っていました。

事業承継を見据え
株主対策なども考慮してM&Aを決断

及能正泰氏とストライク中辻
社長室に飾られている歴代社長の肖像写真の前で。肖像写真は左から初代、2代目、3代目、4代目。「お相手は複数の事業分野を展開されており、異業種部門への理解があって、及能のことも働く社員のことも配慮してくださる。私の考えていた大切な条件をすべて満たしていただける会社でした。コロナの影響もありましたが、同社の社長とお会いしてから最終契約に至るまで約9ヵ月、中辻さんの対応が早く、話がスムーズに進んだことに本当に感謝しています」(写真右はストライク担当の中辻)

事業承継もきっかけの一つです。今までずっと及能一族で会社を経営してきましたが、変化の激しい時代に、同族だけで会社を経営していくことが可能かどうか疑問に思っていました。実は私は昔から、私の長男に「私の後任を頼む」と伝えていました。長男は関西在住の女性と結婚し、今は関西の会社に勤務していますが、私の跡を継いで及能の6代目になるという意識を持ってくれていました。しかし、長男を函館に呼び戻すことが本人の幸せになるのだろうかと考えたのです。

実は、私が社長として経営に携わる一方で、難しい対応を迫られたのが株主対策でした。及能は130年以上の歴史があり、その株式は初代の子孫に代々相続されて分散していきました。株主の数は総勢26名。私個人の保有割合は15%くらいで、妻と息子の持分を合わせても2割弱。他の8割の株主の方々とは、親族とはいえ物理的な距離や人間関係の距離もさまざまでした。私は株主の皆さんの理解をいただけているから経営ができるという意識でしたので、株主の方々に丁寧に対応するよう心がけていました。それでも、すべての株主に会社の施策について、完全にご理解いただけたわけではなかったかもしれません。

私は26名の親族株主と関係を持てていましたが、株主が我々の代から次の世代に相続されていけば、株主を把握できなくなることが予測できていました。長男が社長となったら、社長として仕事を頑張るのは当然ですが、株式の買収請求等の株主対策もしなければなりません。熟慮した結果、この問題をいっぺんに解決できる手段は「企業全体の譲渡」だと私なりに判断しました。26名の株主の皆様に会社譲渡のお話をしてご理解をいただくには、全株主と面識のある私が、今、このタイミングでやるしかいない。

中辻さんとお話しする中で、全社的に売却を考えてみてはどうかというご提案をいただきました。私も、及能の名前で長年続けてきた会社のため、会社に関係する社員や株主の方々みんなにとって、それが最良の選択だと思い、会社の譲渡を決断するに至りました。

お相手は、どのようにして見つかりましたか?

及能を譲り受けていただく会社を探すうえで、中辻さんには条件を提示しました。まず135年続いてきた「及能」という社名を残してほしい。また、4つの事業部門を切り売りすることなく、そのままの形で引き受けてほしい。その2点です。不動産業だけであればほしいというような会社があったそうですが、それは私の本意ではないのでお断りしました。

最終的に当社を譲り受けてくれたのは、千葉県に本社があるマルエイホールディングスさんでした。不動産業、青果流通業、飲食事業、レンタカー事業、美容事業など、複数の事業分野を展開されています。同社は及能のことも働く社員のことも配慮してくださり、異業種部門への理解もある、まさに私の考えていた大切な条件をすべて満たしていただける会社でした。同社の社長とお会いしてから最終契約に至るまで、コロナの影響で3ヵ月ほど期間が伸びましたが、約9ヵ月で成立しました。ストライクの中辻さんの対応が早く、話がスムーズに進んだことに本当に感謝しています。

大事なのは外面ではなく中身
会社や社員の将来を考え、最良の選択を

譲渡後の及能の状況を教えてください。

譲渡後も、私は当面、代表取締役社長として会社に残ることになり、しっかり仕事をしていきたいと考えています。マルエイホールディングスさんからは管理部門の詳しい方が来て、弊社に常駐してくださっています。首都圏の勢いのある会社の、効率的な仕事の仕方を教えてくださるので、とてもありがたいです。その方は「早急に変えるべきことはあるけれど、及能が長年やってきた良いものもあるので、そのあたりは時間をかけて取り組みましょう」と言ってくださっています。

最後にM&Aの経験を踏まえて、他の経営者に伝えたいことはありますか?

135年続いた会社を私の代で譲渡するのは大きな決断でした。働いてくれている社員、顧客、家族、株主である親族のことを常に考えながら経営をしてきました。及能を将来的に発展していける会社にするために、今回、会社を譲渡することにしました。

当社の場合、仮に長男に会社を継がせていれば6代目社長となり、対外的には長く続いている老舗会社として評価されたかもしれません。しかし、会社にとって大事なことは、外面的な格好良さではなく中身の良さだと思います。

他の経営者の皆様も、会社にとって何が一番良い選択なのか考えていただけたらよいのではないでしょうか。会社の将来を考え、自分たちだけの取り組みに限界を感じたら、信頼できる専門家に相談したうえで、M&Aを1つの選択肢として検討してもよいのではないかと思います。

本日はありがとうございました。

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