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M&Aインタビュー No.28

売上堅調・無借金経営の社長、1社のみのトップ面談で譲渡を決断
約半年の短期間でM&Aを実現

株式会社三和ライト工業所 元代表取締役
原田 良裕 氏

原田良裕氏

愛知県春日井市で、主に自動車業界向けにプラスチック部品製造をしている三和ライト工業所。60年にわたり積み重ねてきたノウハウを基礎として独自の技術改善を行い、国内自動車メーカーだけでなく世界的な携帯電話メーカーの部品も製造してきた。当時社長だった原田氏は、2018年2月、後継者不在問題の解決を目的として、大手自動車部品メーカーに会社を譲渡した。今回、M&Aで事業承継されるまでの経緯や心境について伺った。

後継者不在のため
「元気なうちに事業承継を」と考え60歳でM&Aの検討を開始

御社の事業概要を教えていただけますか。

原田良裕氏

M&Aには時間がかかるだろうと思い、早めに行動を起こした。
「会社を譲渡すると決めても数年はかかるだろうと思っていたので、早めに行動しなければならないと考えました。『まだ若いのに』と言われることもありますが、私は早く動いてよかったと思っています。実は、数年前から仕事に対するモチベーションが少し落ちつつあった。今回、M&Aで新しい会社と一緒になり、私の能力では思いつかないような新しい変化が会社や従業員たちにもたらされるのではないかと期待しています」

三和ライト工業所の前身は、私の父が1957年に創業しました。創業時の社名は三和電機産業といって、電気関係の卸売をやっていました。その後、プラスチック需要の高まりを受け、溶かした樹脂を金型で成形するプラスチック射出成形加工に取り組むこととなり、1960年に三和ライト工業所に商号変更して、今日に至っています。

最初は電気関係のプラスチック部品がほとんどで、ほかにはヘルメットの生産などもしていました。1990年に私の兄が二代目の社長として父の後を継ぎ、その頃から段々と自動車部品の製造へと推移していきました。ただ自動車部品というのは、あまり利益が出ません。さらに、完成品メーカーがグループ内で部品製造を内製化するなどし、徐々に取引が細っていきました。その代わりとなったのが、私が新規に取引を始めた商社からの受注でした。商社を通じて、いろいろな取引先から注文が来ます。自動車部品だけでなくコピー機やFAXの部品、携帯電話の部品など、さまざまな用途に応じた製品を生み出しました。そして2010年、私が三代目として社長を引き継いだのです。

プラスチックの射出成形には多くの会社が取り組んで いますが、他社でできないような技術力でヒット商品を開発してきました。最初のヒット作は、従来の技術では大きなプラスチックを削ることでしか作れなかった形状の部品を、安価な射出成形で実現した製品です。携帯電話のマイク部分につける小さいカバー状の部品は、当時の北欧の携帯電話メーカーで採用され、月に何百万個も出荷する大ヒットになりました。

射出成形の技術で、完成品メーカーと一緒に製品を作り上げていくという感覚でしょうか。私は、依頼に応えよう、何とか形にしようとやってきただけですが、発注元から「三和ライト工業所の技術力がなかったら製品が作れなかった。ありがとう!」というお声もたくさんいただきました。そう言っていただけたことは、本当にうれしかったです。

会社の譲渡を検討することにしたきっかけは?

きっかけは後継者不在です。私の兄には子どもがいませんし、私には娘が3人いますが、このハードな仕事を継がせたいとは思いませんでした。業績は悪くありませんし、金融機関からの借入金もありません。財務状況は健全そのものです。ただ、今の財務状況はよくても、企業経営というのは一歩間違えると、すぐにうまくいかなくなります。子どもにそのリスクを背負わせられるか、逡巡しました。

私が50歳になる前に、大きな病を患ったことも一因です。幸いなことに、大事になることなく治ったのですが、そのときに「こんな体調不良がたびたびあると、会社の経営に悪影響を及ぼしてしまう」と思いました。自分がいなくなった後に、会社や従業員に迷惑をかけられません。ならば元気なうちに事業承継に手を打つ必要があります。譲渡の検討をし始めたのは60歳だったのですが、ここから3~4年と時間がかかってしまうならば、早めに行動しなければならないと考えました。

実はM&Aの前に、従業員に経営を引き継ぐことはできないか、という案もありました。当社の財務状況、株価を鑑みると、従業員が株式を買い取るには負担が大きすぎます。そこで、株式は買い取らずとも、会社の設備などを従業員たちにレンタルするなど無理のない形で経営を任せる方法を考えたのです。それで従業員に提案して聞いてみたのですが、結局は「我々では社長の代わりは務まらない」と言われ、断られてしまいました。それで、いよいよ本格的にM&Aを検討し始めたのです。

M&Aにあたっては、名古屋商工会議所の事業引継ぎ支援センターに相談に行き、そこでM&A仲介会社を何社か紹介されました。そのうちの1社がストライクさんです。どの仲介会社にお願いすべきか悩みましたが、事業引継ぎ支援センターの方からは、各社の担当者と話して、その人が信頼できそうか、自分と相性が合いそうか、それで判断するのがよいとアドバイスをもらいました。各社の担当の方々と話して、ストライクの廣田さんが一番信頼できそうと感じ、彼に本格的に相談させてもらうことにしたのです。

社長同士のインスピレーションがよく、
初めての面談で腹を割った話し合いができた

譲渡を検討する中で、特に優先順位の高い条件は何だったのでしょうか?

譲渡の条件としたのは、従業員の雇用の継続です。そして、これまでの雇用条件を維持してもらうこと。経済的な条件以外で挙げたのはそれくらいで、ほかにありません。取引先との取引継続についても、買い手となられる企業次第で結構です、とお伝えしていました。あまり細かい条件を設けなかったので、廣田さんとしてもどのような会社を紹介するか、悩まれたかもしれません。

ただ、結果的に廣田さんからご紹介いただき、最初にトップ面談(譲渡企業と買い手企業の経営者の顔合わせ面談)をした買い手企業に会社を譲りました。後で聞きましたが、一般的には何社かお会いして検討するそうで、トップ面談を1社しかしないことは珍しいようですね。私が廣田さんを全面的に信頼していたこともありますが、廣田さんも、私の性格や希望、弊社の事業特性や将来性、また双方の企業風土などを分析し、最適な買い手企業を紹介してくれたのだと思います。

買い手企業の印象を教えてください。

今回、私どもの会社を譲り受けてくれた会社は、同じ愛知県を地盤とする大手自動車部品メーカーです。自動車部品という分野で、非常に親和性があります。また、買い手企業の社長は大らかな方で、三和ライト工業所の風土に非常に合っているのではないかと感じました。話を聞くと、その社長は二代目で、その方の代で事業が飛躍されたことも知りました。社長同士のインスピレーションがよく、初めてお会いした面談で腹を割った話し合いができました。私も、よいことも不安なこともすべて包み隠さず正直に話そうと決めて臨みましたから、それも買い手企業の心証をよくし、信頼関係を築く上でよかったと聞いています。その後の交渉も問題なく進み、2018年2月、無事にM&A成約へ至りました。

引き継ぎ期間については明確に設けていませんでしたが、譲渡後の今も経営者として引き続き会社に出社しています。次の経営者がまだ買い手企業から来ていないのもありますが、M&A検討段階から、買い手企業の社長と言ってくださっていました。私のことをご評価くださっているのでうれしいと思いつつ、それはそれとして、どこかのタイミングで新しい方に経営を引き継いで完了したいと考えています。

親族の方々には、どのタイミングで相談されたのでしょうか?

もともと後継者不在の問題は親族内での共通認識になっていましたので、これから会社をどうするかは私に判断を一任すると言ってもらっていました。M&Aで外部の会社に承継する可能性も伝えていました。正式な相ミングで、いよいよ動くよ、という形で伝えたことを覚えています。

そのときには、M&Aが成約するまできっと3~4年はかかるだろうな、と話していたのですが、実際には、トントン拍子にM&Aの交渉が進みました。5月の連休前に商工会議所に相談に行き、その年の秋には成約しましたから、ほぼ半年でまとまりました。兄たちに報告したら、「そんなに早いのか?本当に成約したのか?」とスピード感に驚かれました。

気持ちの変化はとても大きい
責任から解放され、心に余裕が生まれ、
読書を楽しむ時間も増えた

成約後の周囲の反応やご自身の心境の変化などあれば教えてください。

原田良裕氏

買い手候補の企業数社とトップ面談をして検討するケースも多いが、原田氏は最初にトップ面談をした企業に譲渡することを即決した。買い手企業のトップとはその場で信頼関係を築くことができたという。
「私が廣田さんを全面的に信頼していましたし、廣田さんも、私の性格や希望、弊社の事業特性や将来性、双方の企業風土などを分析し、最適な買い手企業を紹介してくれたので、スピード成約に至ったのだと思います」
(写真左はストライク担当の廣田)

M&Aの最終契約が終わった後、買い手企業の社長にも来てもらって、従業員を集めて今回のM&Aについて私から発表しました。そして、経緯や親会社となる買い手企業について説明をするとともに、当面は私も会社に残り、従業員の待遇も変わらないということをきちんと説明しました。従業員たちは「えーっ!」とビックリしていましたし、後日、なんで社長がいなくなってしまうのか、というようなことを言われたりもしました。私がちょうど60歳になったばかりだったこともあり、「若いのになぜ?」「まだ頑張れるでしょ?」ということも、よく言われましたね。でも先ほど申し上げた通り、50歳前に大病を患ったこともあり、早め早めに動いたほうがよいと思っていました。

実は、数年前から私の仕事に対するモチベーションが若干落ちつつあることを感じており、それが従業員に伝播しないようにどうすればよいか悩んでいました。今回、M&Aで新しい会社と一緒になり、私の能力では思いつかないような新しい変化が会社や従業員たちにもたらされるのではないかと期待しています。

個人的には、オーナーとして全責任を負わなくてもよくなったという解放感があります。気持ちがまったく変わりましたね。特に弊社は金融機関からの借入金がなく、その連帯保証の重圧もありません。純粋に責任感からの解放ですね。これまでは自分の判断は正しいのかと常に不安と向き合う毎日でしたが、今は心に余裕ができて、物事を判断するときも当時よりも多角的に検討できている気がします。

それから、自分の時間が増えて、読書量も増えましたね。現役の頃は経営に関係する本ばかり読んでいましたし、経営以外の本を読んでいても常に頭の片隅に会社のことが浮かんで本に集中できていませんでした。今は純粋に読書に集中できる、それが本当に楽しいです。

同じような立場の経営者の方へアドバイスをいただけますか。

今回のM&Aを振り返って考えてみたのですが、譲渡を検討する上で、まず「自分」を中心にイメージし始めることが大事ではないかと思います。会社を譲渡した後、自分が「しまった!失敗した!」と思わないためにどんな取引にすればよいか、とことん考える。

もちろん誰かのため、例えば従業員のためという想いは大事です。私もM&A交渉では、それを一番の条件に挙げました。しかし、その思考を突き詰めていくと、裏側には「自分のため」というエゴもありました。

会社を譲渡した後、地域社会と隔絶して生きていくとなったら、本当の意味で利己的に考えることもできるでしょう。でも、私の場合はそうはいきません。今後もこの地域に住み続けるなら、従業員や取引先と会うこともあります。関係者から恨まれるような譲渡はできないのです。従業員のためによいM&Aをしたいとしながら、出発点は自分のためだったのだと思います。

譲渡後のご自身の生き方、周囲とのかかわり方を深く考えられた上で、どのようなM&Aにするのが最善か、ご検討いただくのがよいかと思います。

本日はありがとうございました。