INTERVIEW

コロナ禍に起きた予期せぬ出来事
父が残した縫製会社を継いで3年
娘が決意したM&A、その理由とは

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株式会社大東ニット 常務取締役 武田 景子 氏

株式会社大東ニット 常務取締役 武田 景子 氏

岩手県一関市にある株式会社大東ニット。40年前に父親が創業したこの縫製会社を、新型コロナウイルス感染禍の2020年、予期せぬ事態に直面し、次女の武田景子常務取締役は経営を引き継いだ。それから2年が過ぎ、長引くコロナ禍で売上は半減。再びの決断は、M&Aによる事業の承継だった。「家業を手放しても守りたいものがあった」と語る武田常務に、M&Aに至るまでの道のりを伺った。

売上半減、社長の父は行方不明に
それでも従業員は残ってくれた

大東ニットの事業内容から教えていただけますか。

株式会社大東ニット
職人の大半は地元の女性。中には20年以上も勤めているベテランも。

ニットという伸縮性のある生地で服を仕立てる縫製業をしています。高級ブランドのポロシャツやTシャツがメインです。それぞれのニット生地の伸縮具合に合わせてミシンを調整して縫う職人を抱えていて、現在35名いる従業員の大半が地元の女性たちです。年間で約10万着を仕立てています。

1983年にお父様が設立された会社ですが、いつから経営を担うことになったのですか。

武田 景子 氏
今回お話を伺った武田景子常務。
突然の事態の中、会社に残ってくれた従業員のために経営を引き継ぐことを決意した。

2020年です。新型コロナの感染拡大で仕事が急減し、会社の先行きへの不安から父が春先にうつ病を患ってしまいました。そして、しばらくして家からいなくなりました。私は中国でアパレル関連の仕事を経験して2006年から大東ニットで働いていました。父の失踪という突然の出来事に直面して、当時38名いた従業員に、「働き続ける不安のある方は辞めていただいても大丈夫です。でも、私は会社を閉じることはしません」と言いました。そうしたら、誰一人辞めないで残ってくれたんです。この人たちに私がやれることは、仕事を切らすことなく給料を払い続けることだと思い、経営を引き継ぐことにしました。

もともと会社を継ぐお考えはあったのですか。

まったくありませんでした。私は2人姉妹で姉は別の仕事をしています。父は私に継いでほしかったようですが、親が創った会社に縛られたくないという思いが強くて、継ぐ意思のないことを父には伝えていました。父は失踪時に73歳でしたから、後継者のいない悩みも抱えていたのだと思います。

大変なご苦労をされましたね。縫製業にとってコロナ感染の影響はやはり大きかったですか。

2020年度の売上は、コロナ前の2019年度の半分以下に落ち込みました。服を作ってほしいという依頼がまず来ませんでした。政府が増産を要請した医療従事者が使う医療用ガウンの縫製の仕事でつないでいました。利益なんてまったく出ませんでしたが、従業員の雇用を維持するため、とにかくミシンを動かして、工場を止めないようにしようと必死でした。

「皆さんの技術を残したいから会社を買いたい」
初対面の社長のその一言で譲渡を決意

そこから2年経った2022年8月がストライクとの最初の出会いだったそうですね。

経営に携わって2年が過ぎ、自分一人でやっていくことに限界を感じていたとき、ストライクの富田さんから連絡をいただいたんです。本当に偶然のタイミングでした。父がまだ元気だったころ、「こんな買収の話をストライクという会社からもらったんだ」と聞いていたので、会社名は知っていましたから、富田さんに父がいなくなったこと、会社を継続させるにはどうしたらいいかなど事情を明かして相談するなかで、M&Aを考えてみようと一歩踏み出した感じです。

譲渡先を探すにあたって希望した条件はありましたか。

株式会社大東ニット
扱う生地の種類によって使用するミシンが変わり、生地ごとに合わせた縫い方もあるので、技術習得までには経験が必要。

従業員全員の雇用と給料などの労働条件を維持することです。従業員は地元の人ばかりで、私よりも長く、20年以上勤めている方も多くいます。縫製業は技術職ですから、生地に合わせた縫い方ができる感覚を身に付けるまでにはとにかく経験が必要です。創業した私たち家族が、こうして食べてこられたのは熟練した技術をもつ従業員のおかげです。その人たちを軽く扱うようなことだけは絶対にできないと思っていました。そして、もう一つ望んでいたのは、若い人に経営者になってほしいということでした。経験値だけではこの先、生き残れません。従業員の縫製技術を生かして私たちを引っ張っていってくれる人。そこにも期待しました。

そこから東京・渋谷にあるアパレル会社、株式会社CifraPlus(シフラプラス)を経営する深澤大輔社長への譲渡を決められました。

決断したのは深澤社長がおっしゃった一言でした。「私は大東ニットで働く人たちの技術をちゃんと残したいから会社を買いたいと思ったんです」。この言葉を聞いたとき、もうこれで十分だと思いました。深澤社長は今年43歳。少しでも若い世代の人にという希望も叶いました。最初の面談にジーパンとパーカーで来られたのですが、その飾らない人柄も好感を持ちました。話を進めるなかで、コロナ禍で一気に業績が悪化した決算書を見て、「開いた口がふさがらないけれど、この話は進めます」と言ってくれたとき、改めてこの社長に託そうと思いました。

M&Aの手続きを進めるにあたって大変だったことはありましたか。

父の保有する株式をどのように私が譲り受けるか、この手続きが大変でした。失踪したとき過半数の株を父は持っていたのですが、これもまた偶然の出会いに助けられました。この相談で市内の弁護士事務所を訪ねたら、「お父さんが以前、株式の譲渡について何度か相談に来ているよ」と弁護士さんに言われたのです。父はうつ病を患いながら会社の今後を考えていた。その相談に乗っていた弁護士さんを私が訪ねたわけです。本人はいないけれど、私に株を譲渡する意志があったと相談内容から判断できるとなって、この問題は解決しました。

「あなたの気持ちが楽になるなら」
苦楽を共にした女性工場長からの労い

経営者が変わることを従業員にどう伝え、どんな反応がありましたか。

従業員を集めた場で話しました。「私の力と頭では会社の維持継続は難しい。皆さんの生活を守ることを考え、新しい社長を迎え入れることにしました」と。雇用の維持と仕事内容は変わらないので安心してくださいと伝えました。工場長は「あなたの気持ちが楽になるのなら、それでいい」って、労ってくれました。20年以上工場長を務めている女性社員で、父が一番頼りにし、私を支えてくれた方です。定年を過ぎているのですが、本人が辞めるというまで働き続けられる環境をつくることが、せめてもの恩返しだと思っています。

2023年8月に成約し、新社長を迎えて再スタートを切りました。変化は感じますか。

深澤社長が早速動いてくれています。経費のかけ過ぎなどの無駄をなくし、事業の効率化を図るなど、経理、業務の点検・見直しを進めています。また、アパレルメーカーに直接仕事を取りに行こうと営業にも動かれています。私たち縫製会社は孫請け的存在で、たとえ高い縫製技術があっても、「服が売れないから安く作って」と言われて加工料を抑えられ、給料を上げられない状況が続いていました。そうした環境を変えることになればという期待感があります。

M&Aアドバイザーより一言(富田 凌平・事業法人部アドバイザー談)

ストライク富田

株式会社大東ニット様は国内外の一流ブランドシャツの縫製加工を手掛けており、その高い技術力から取引先からも信頼を獲得されている会社でした。
武田常務からは候補先の探索にあたり、「従業員の雇用を守ること」と「お相手の代表者が若いこと」の2点をご依頼いただきました。
お相手となった株式会社Cifra Plusの深澤社長は、大東ニット様の高い技術力とその技術の源泉である従業員の皆様に魅力を感じて成約に至り、年齢としても武田常務の1歳年上と若く、両社の願いが一致した奇跡的なマッチングだったのではないかと考えております。
ご成約後は、大東ニット様の技術力と深澤社長の販売先のネットワークを生かした事業展開が進んでいるとのことで、担当者としても非常に嬉しく思っております。
今後も両社の更なる発展を祈っております。

何としても守りたかった従業員の生活
「私はクビになってもいい」と覚悟を伝えた

ストライクの担当者の印象、サービスについての感想を教えてください。

株式会社大東ニット 武田 景子 氏とストライク富田
大東ニットのオフィス前にて。(写真右はストライクの富田)

ご担当いただいた富田さんには何でも話せました。どんな質問をしても答えを返してくれるので、相談しにくいという雰囲気を感じることがありませんでした。細かい話になりますが、私から電話をして出られなかった場合、毎回すぐに折り返しの連絡が来るんです。私が何か手続きをすることがあれば、「あの件はどうなりましたか」と確認の連絡もくれました。そのおかけで無駄に時間を空けることなく、スムーズに進められたので、細やかな対応に感謝しています。

思わぬ形で家業を継ぐことになった親族の後継者もいらっしゃると思います。事業承継を経験されて、そうした方へ伝えたいことを最後にお願いできますか。

M&Aの話を進めるなかで、「私をクビにしてもらっても構いません」と深澤社長に言いました。それだけの覚悟をもって譲渡を決めたこと、私はどうなってもいいけれど、従業員の雇用や待遇は必ず守ってくださいという強い願いを、買い手である深澤さんに伝えたかったからです。会社が40年も継続できたのは従業員あってのことです。その従業員の生活をどのようにしたら守れるのか。私の答えはM&Aでした。従業員のことを大事に思う経営者であれば、M&Aという選択も出てくるのではないでしょうか。

本日はありがとうございました。

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