M&Aの業界動向 人材派遣業界

2017年 業界動向

業界定義
一般労働者派遣事業及び特定労働者派遣事業
(労働者派遣法より)
業界シェア
業界トップは、リクルートホールディングスで部門売上高は1兆8,399億円、第2位はパーソルホールディングスで5,919億円、第3位はパソナグループで2,803億円となっている。
市場規模
5.7兆円

(厚生労働省「労働派遣事業報告書」より)

成長率
4.4%増

(厚生労働省「労働派遣事業報告書」より)

関連法規
労働法、職業安定法、雇用対策法

人材派遣ビジネスは、労働派遣法が施行された1986年にはじまったが当初は、人材派遣を行える業務は限られていたため成長カーブは緩やかだった。しかし、2004年の法改正で製造業への派遣が解禁されたことを受けて、年平均28.4%の急成長を遂げ、2008年度には7兆7,892億円規模の市場となった。人材派遣には、厚生労働大臣の認可を得て事業を行う一般労働者派遣事業所と、届出だけで事業を行える特定労働者派遣事業所の2種類があるが、この時期に急増したのは、認可不要でマンションの1室ですぐ設立できる特定労働者派遣事業所だった。こうした環境が影響したのか、表向きは無期雇用といいながら実態は1年契約で社会保険も入っていない事業者や、偽装派遣に手を染めるコンプライアンスを守れない事業者が多く、業界の信用が低下してしまった。そこにリーマンショックが襲いかかり、業界全体が失速してしまった。このとき、いわゆる“派遣切り”で失職した人たちを救済する“年越し派遣村”がマスコミで取り上げられ、派遣労働者イコール社会的弱者のような風潮ができあがってしまった。

弱者である派遣労働者を守らなければならないという社会的風潮を受けて政府は、2012年に「日雇い派遣原則禁止」「マージン率の情報提供」「派遣料金の明示」などの規制強化に乗り出す。その後、徐々に景気が持ち直し、2013年に市場は底を打ち、2014年以降は徐々に回復、現在は微増傾向にある。

人材派遣には、事務系と技術系があるが、売上高200億円を超える大手企業は事務系に集中している。事務系は価格競争力・派遣労働者の人数ともに、大手が圧倒的な優位を保っている。技術系は、雇用形態の違いでITエンジニア、研究開発、設計などを無期雇用で派遣する「技術者派遣」と、工場内の生産ラインを丸ごと請負い、有期雇用者を派遣する「製造派遣」の2種類に分けられる。製造派遣系の事業者は、リーマンショック後の製造量縮小に加え、製造業派遣の原則禁止という法改正、さらに世間のバッシングを受けてメーカーが派遣労働力を敬遠したこともあり、売上げが激減してしまった。

業界再編を促す2015年改正

政府は派遣業界の労働環境改善を目指し、2015年にさらなる法改正に踏み切った。この法改正では、特定派遣事業所を廃止し、すべて許可制に統一する許可基準改定が盛り込まれた。これを受けて、過去に届け出だけで設立された特定派遣事業所は、2018年9月29日までに認可を得なければ事業を継続できないことになった。改正法では、「資産-負債(基準資産額)が2,000万円×事業所数以上であること」、「自己名義現金預金額(資産の中の現金)が1,500万円×事業所数以上であること」、「資産-負債が負債の7分の1以上であること」など、財産的基礎の許可基準が設けられている。この基準を満たせない事業者は、廃業するか、事業譲渡するか、認可事業者の傘下に入るしかない。これを受けて業界は大規模な業界再編が起きることは間違いない。

小規模な事業者にとって、もうひとつ頭の痛い問題がマイナンバーへの対応である。マイナンバーは、保険手続きや税金の支払いなどの際に必要となるため、事業者は社員および派遣スタッフのマイナンバーに加え、免許証などの写真入り身分証明書の写しを管理しなければならなくなった。いずれも個人情報としての厳密な管理が求められ、情報を漏えいさせてしまうと罰則を科せられる。厳格な管理には、高度なセキュリティを実装したシステムを導入したり、専任の担当者を雇ったり、関係者以外触れられない環境をつくったり、多くの人出とコストがかかる。まして、派遣事業は、多くのスタッフの入退社が繰り返されるため、その管理は一般企業の比ではない。その上、派遣スタッフを受け入れる顧客側は、マイナンバーの管理を派遣会社に任せられるため、派遣スタッフの受け入れを増やす可能性が高い。今後、マイナンバー管理の煩雑さとコスト増を嫌って、事業を譲渡したいと考える事業者が増えることが予想される。

■人材派遣業市場規模推移
出典:厚生労働省職業安定局需給調整事業課

人材派遣業市場規模推移グラフ

人材派遣業界で、大手企業がM&Aを繰り返す理由として、B/Sにキャッシュが積み上がりやすい業界特性が挙げられる。派遣先からの回収サイクルが早い上に、設備投資の必要がなく借入も少ないことがその原因である。その財務状況を知った株主からは、当然現金の有効活用を迫られるわけだが、その投資先はほぼM&Aに振り向けられる。労働人口が減少する中、今後人材確保が難しくなることが見えており、余裕のあるうちにM&Aで他社の人材と得意先を吸収することは、業界における鉄板の成長戦略といえる。M&A案件の中で近年特に多いのが、大手業者による「専ら(もっぱら)派遣」業者の買収だ。2012年の法改正でグループ内派遣の割合を8割以下に抑えるよう義務付けられたことを受けて、専ら派遣事業者の多くが、大手人材派遣会社に事業を譲渡している。

近年、積極的なM&Aを仕掛けているのがパソナグループ(東京)である。2014年には富士火災保険グループの富士火災ビジネスソリューションズ(大阪)、ファンケルグループのファンケルスタッフ(神奈川)、2015年には住友商事グループの住商アドミサービス(東京)、2016年には大阪ガスグループの大阪ガスエクセレントエージェンシー(大阪)、村田製作所グループのムラタアクティブパートナー(京都)、2017年にもNTTグループのNTTヒューマンソリューションズ(東京)を買収、これらはいずれも専ら派遣事業者に対するM&Aだ。パソナグループは、他にも医療系の人材サービスを手掛けるメディカルアソシア(東京)、CFO人材に特化したデルタウィンCFOパートナーズ(東京)、ITに特化した人材サービスのスマートスタイル(東京)など専門職系の派遣会社を買収し、ポートフォリオを拡大するとともに、インドネシアの人材サービス会社であるデュータグリヤサラナ(インドネシア)を買収して海外進出するなど、M&Aを活用して事業を拡大している。

パーソルグループ(旧テンプスタッフ)(東京)も、2014年10月に東京電力グループのキャリアライズ(東京)、同年12月にパナソニックグループのパナソニックエクセルスタッフ(大阪)といった専ら派遣業者を買収している。2015年5月には放送・通信キャリアなどの販売支援・営業支援サービスに強いP&Pホールディングス(東京)、同年7月にはベトナムの人材紹介大手ファーストアライアンス(ベトナム)、同年8月に同業のキャピタ(シンガポール)と同社マレーシア法人2社、2016年4月にKelly Services(シンガポール)を買収し、ASEAN地域で存在感を高めている。さらに、医薬品開発支援のメディクロス(東京)を買収し、医薬品開発分野の受託体制を整えている。

製造請負系トップのアウトソーシング(東京)も、国内外で積極的なM&Aを行っている。技術者派遣の共同エンジニアリングを傘下に持つKDEホールディングス(東京)ビジネス業務請負のソニカル(東京)、同業のモバイルコミュニケーションズ(東京)、リクルートファクトリーパートナーズ(大阪)、インドで製造系派遣を展開するALPグループ(インド)、人材サービス業のBLUEFIN RESOURCESを傘下に持つBLUEFIN RESOURCES GROUP(オーストラリア)、Oracle製品のコンサルタント・エンジニア派遣事業を手がけるNTRINSIC HOLDINGS LIMITED(イギリス)、チリで人材派遣事業などを手掛けるEXPROCHILE S.A(チリ)、空港など公共施設の人材派遣を手掛けるHoban Recruitment Pty Ltd(オーストラリア)など、M&Aのエリアは世界に広がっている。また、子会社を通じて情報通信サービスのエスティーアイ(愛知)、ソフトウェア開発のコアシステムクリエイト(東京)、ネットワーク構築・運用のスリーエス(東京)、システム開発のドリームエクスチェンジ(東京)、債権回収システム開発のケースダイナミクス(イギリス)などのIT企業を買収して技術力向上と技術者派遣のニーズを取り込む。さらに、スタートトゥデイの子会社でグラフィックテクノロジー開発のヤッパ(東京)から電子書籍サービス事業を譲り受け、給与計算代行サービスのシンフォニーHRS(マレーシア)を買収、会計士によるアウトソースサービスを手掛けるAllen Lane Consultancy Limited(イギリス)、米軍基地を中心に空調・電気工事サービスなどを提供するアメリカンエンジニアコーポレイション(アメリカ)など、M&Aでさまざまなサービスを取り込み、事業の多角化を進めている。

ほかにも製造請負のUTグループ(東京)がソフトウェア・ハードウェア開発のシステム・リボルーション(東京)とタイト・ワーク(大阪)を買収。技術者派遣のトラスト・テック(東京)が制御系ソフトウェア開発のイーシーエス(愛知)や、カナモトグループの専ら派遣会社のカナモトエンジニアリング(東京)、イングランド北東部で人材サービスを手掛けるエムトレック(イギリス)、システム開発設計のフュージョンアイ(東京)を買収するなど、業界全体のM&Aの件数は非常に多い。

なお、業界トップのリクルートホールディングスは、グループ会社を通じてオーストラリアの人材派遣2位のチャンドラーマクラウド(オーストラリア)、同業のピープルバンク(オーストラリア)、アテロ(アメリカ)を買収するなど、海外のM&Aに注力している。

人材ビジネスは、開業時の投資負担が小さく参入障壁が低いため、中小規模の事業者が乱立している業界である。大きな設備投資負担もなく、基本的にキャッシュを生み出し続ける業種であることから、このキャッシュを用いたM&Aが起きやすい業界でもある。2015年の法改正を受けて、特定労働者派遣が廃止になったことを受けて、業界再編が進むことは必至だ。買収を検討する際に注意しなければならないのは、当該企業の労働環境やコンプライアンスに関する問題だ。コンプライアンスに問題を抱える企業との事業統合は、本体にも悪影響を及ぼすリスクがある。一方、登録スタッフに有資格者が多い企業は、財務諸表に現れない企業価値があるので、そこは事前にチェックしておきたい項目である。

上場企業34社の企業価値は、EV/EBITDA倍率が平均10.3倍と高めで、分布は6~10倍に41.2%が集中している。

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