昭和33年に発行された我が国初の米国物流視察団の報告書には、物流の持つ「場所的効用」が企業活動をどのように支えているのか、現地の事例を元に丹念に説明されている。そこには、ロジスティクスからSCMへと進んでいく、物流管理の高度化の道筋が、既にハッキリと示されている。
■大先生 物流一筋三十有余年。体力弟子、美人弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。お調子者かつ大雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。几帳面な秀才タイプ。
弟子たちの煎れたコーヒーを飲みながら『流通技術』談義が再開した。美人弟子が女性記者に聞く。
「その報告書はどのような構成になっているんですか?」
女性記者が、頷いて、鞄の中からコピーした資料を引っ張り出して、みんなに配った。報告書の目次をコピーしたものだ(次頁「資料」参照)。みんなが目を通すのを待って、女性記者が簡単に説明する。
「第一章は、流通技術の研究がいかに重要かという点について問題提起のような形で説明されています。それを受けて、第二章で、アメリカにおいて、流通技術の発展が企業活動を支えている事例が報告されています。これは、おもしろいです」
女性記者の言葉に、弟子たちが興味を示す。大先生が頷くのを見て、編集長が「先生は、この報告書をお読みになったんですか?」と聞く。
「当たり前だろ。これを探して持って来いと言った手前、目を通しておかないとまずいなと思って、昨日ざっと目を通した。彼女が言うように、興味深い記述が多くある。不勉強の編集長のために、解説しようか?」
「あっ、よろしくお願いします。先生にご講義していただくなんて、恐れ多いですが‥‥」
「まあ、いいさ。さっき物流には、あっ、報告書ではPhysical Distributionとなっているけど、ここでは便宜的に物流という言葉を使う。えーと何だっけ‥‥そうそう、さっき、物流には場所的効用と時間的効用の二つの効用があるといったよね。このうち、場所的効用は、物流の価値を決定づける重要な役割と言っていい。いまでは、そんなこと当たり前で、誰も気にもしないけど、これこそが物流なんだな。ちなみに、場所的効用が存在しないという状況を考えてごらん」
大先生に妙なことを言われて、編集長が腕を組んで、天井を仰ぐ。少し間を置いて、頷いて話し出す。
「なるほど、もしかして、場所的効用というのは、単に物理的に物資を移動できるということだけでは、効用を発揮しないということですか‥‥」
「ほー、さすがだ」
大先生が、わざとらしく感心する。それに気をよくして、編集長が続ける。
「要するに、必要なときに必要なところに移動できなければ効用ではないってことですよね。物資の移動に時間がかかったり、いつ着くかわからない状況では、また届いた物資に毀損などがあって使えないといった場合には、場所的効用は発揮されないということでしょ。うん、たしかにそうだ。いまでは当たり前なことなので、考えもしなかったけど、場所的効用が発揮されないと、企業活動は大きな制約を受けるってわけですね」
「そういうこと。編集長は結構頭働いてるね。まさに、そのとおりで、たとえば、生産効率を上げるために、各製品を一工場で集中生産しているメーカーが結構あるだろ。その場合は、その製品の販売は、必然的に一工場からの全国展開になる。こうなると、その工場から各地に置いてある倉庫にタイミングよくその製品が届けられる物流の体制がないと商売にならない。それができないのなら、消費地ごとに工場を配置しなければならない。つまり、集中生産なんかできないってこと。要するに、集中大量生産を可能にするのは物流があるからであって、それを場所的効用というわけさ」
「なるほど、つまり‥‥」
編集長が答えを出そうとするのを遮るように、女性記者が割り込んだ。
「場所的効用は、物資の移動が安全、確実、迅速にできて初めてその効用を発揮する」
美人弟子が続ける。
「そこで、その安全、確実、迅速な物資の移動を可能にするための技術つまり流通技術が探求されたというわけですね」
女性記者が大きく頷く。テーブルの中央に置かれていた報告書を引き寄せ、ページを繰る。
「あっ、ここです、ここ。工場も倉庫も効率化のために分散させるというやり方を可能にしたのは、えーと、こう書いてあります。『まさに流通技術の発達によるものである。すなわち、部品または製品の出荷と入荷地は、たとえ数千キロの遠くに分散されても、途中の輸送や発着末端の取扱いが、なんら遅れることなく、常に正確安全で、計画的作業上いささかも支障を起こさないという信頼感と、通信の発達によって遠距離間の連絡が自由になったことがその理由である』ということです」
「なるほど、場所的効用を発揮できる物流があればこそ、そのような生販体制が可能になったってことですね。その当時としては、画期的なことですね」
体力弟子の感想に女性記者が頷き、「ここを見てください」と言って、報告書の場所を示しながら、弟子たちに報告書を押し出す。そこにはこう書いてある。
「フォード自動車やシルバニア電気器具会社は、工場を分散させ、倉庫を分散配置しており、いずれもIBMやUnivac、テレタイプなどによって一刻一刻の状況を正確に数字として把握し、迅速に情報交換、指令を行い、これによって常に出荷や在庫量の適正化をはかっている」
「へー、すごーい。一刻一刻の状況をつかんで、在庫の適正化をはかるということをその頃からやっていたんですね。いまだにこれができていない企業が結構多いですよ」
体力弟子の言葉に美人弟子が「たしかにそうですね」と頷く。
女性陣の熱の入ったやり取りを聞いていた編集長が突然思い出したように言葉を挟む。
「そういえば、集中生産で思い出しましたけど、今次の震災で、製品別の集中生産は供給途絶のリスクが高いことが明らかになり、一工場集中生産から二工場分散生産に切り替えたところもありますね。あっ、といっても、場所的効用の重要さは変わりませんけど」
女性記者が、突然何を言い出すのかという顔で編集長を見る。大先生が苦笑しながら話を戻す。
「基本的に、『安全、確実、迅速に』となると、人手を掛けない荷役の技術、積み替えをしないで済む輸送容器の開発、毀損を回避する梱包技術、発地から着地までの一貫輸送などがポイントになる。それらの技術を流通技術と言ってるんだけど、その報告書の第三章では、アメリカで実際に行われているそれらの技術が紹介されている」
「なるほど、ここにフォークリフト、パレット、ユニットロード、コンベアや包装の規格化、あっ、施設の近代化とか協同輸送、ピギーバックなども紹介されていますね。いまでは当たり前ですけど、当時は斬新な技術だったんでしょうね?」
編集長が報告書の目次を見ながら、独り言のように言う。編集長の言葉に頷きながら、女性記者が続ける。
「このような流通技術の発展が倉庫業を変えたという指摘もあります。つまり、単に保管を目的とする倉庫、Storage Warehouseと呼んでますが、この形態から、流通の流れを調整する倉庫、Distribution Warehouseへの転換が進んでいると指摘されてます」
「へー、そうか、保管型から流通型へというのは、そんな時代から言われていたんだ。もっとも、物流の場所的効用から考えると必然の結果ということですね」
編集長が感心したような顔で大先生に確認する。大先生が頷いて、「そう、ロジスティクスもSCMも場所的効用の必然の結果。それを支えるのが流通技術」と言う。みんなが頷くのを見て、大先生が続ける。
「この報告書は、その意味では、単なる流通の技術を紹介しているのではなく、流通技術の進歩が、企業活動や国民生活に多大な貢献をするという点が強調されている点に特徴がある。流通技術の進歩なしに、大量生産・大量販売をベースにした企業活動の高度化もなかったということがよくわかる。企業がこうしたいという方向性を流通技術の進歩が見事に実現させてきたといっても過言ではないということだ」
大先生の結論にみんなが頷く。
編集長が、報告書を手に取り、ぱらぱらとめくって、呟く。
「なるほど、第三章以降は技術の解説ですね。やっぱり写真が多いな」
その編集長の言葉に女性記者が異論を呈する。 「いま先生がおっしゃったように、単なる技術の解説だけではありませんよ。背景とか発展の経緯なども分析されていて、なるほどと思うことが結構あります」
米国における流通技術の発展において忘れてならないのは軍事との関係である。流通技術の核となる「包装」に関する記述にそのことが象徴的に示されている。ポイントを引用すれば、次のとおりである。
第一次、第二次の大戦における軍需物資の輸送取扱いが包装の近代化に拍車をかけた。両大戦において連合国の兵站基地となったアメリカは大量軍需品の渡洋輸送の安全と、戦時における木材、鉄鋼など包装材料資源の節約の両方から極力包装の合理化をはかる必要に迫られたのである。
軍需品には包装上最も問題の多い易損品、腐敗性貨物、爆発危険物などの種類が多く、特に金属製品の錆害による損失は年々数10億ドルに達し、その防錆、防湿包装が重大問題であった。
それ以来、政府はみずから包装の試験研究に従事するばかりでなく、進んで民間の包装近代化を指導する立場を取って現在に及んでいる。
また、包装の「研究」に関する興味深い記述があるので、これも紹介しておきたい。
アメリカ近代包装の研究は、すでに一種の科学にまで達したといっても差支えがない。その研究は、まず輸送、貯蔵および末端取扱いに際して生ずる避け難い衝撃圧力が包装および直接内容貨物に及ぼす破壊力の計算から出発し、これに対応するに適当な強度を最も経済的に保つことができる包装様式の構造と設計を材料の選択や施行方法の面から研究し、最後にその成果を室内試験と屋外試験によって確認した上で、一定の標準規格に統一するのが包装研究の道筋となっている。
いかがであろうか、包装のみならず、あらゆる技術研究のあるべき姿を示しているといってよい。
「ところで、この報告書の最後に『結論と勧奨』とありますけど、この報告書が日本でどう受け入れられたかという点は興味深いですよね。そのあたりはどうだったんでしょうか?」
編集長が大先生に聞く。
「勧奨の内容は、さっき彼女が見せてくれた提言(本誌前号に掲載)なんだけど、たしかに興味深いのは、これが日本にどのように受け入れられたか、その後物流がどう変わってきたかということだな」
そう言って、大先生がみんなを見る。みんなが頷くのを見て、大先生が続ける。
「この報告書が公刊されたのが昭和33年で、Physical Distributionという言葉に物的流通という訳語が与えられるのが39年だから、六年間のギャップがある。この間、物流の世界で、どんな動きがあったのか、興味深い。でも、この間、おれは中学、高校だったからさすがに何も知らん。この六年間の動きについては、弟子たちに調べてもらって、改めて『流通技術』後日談を話し合うことにしようか」
弟子たちが、興味津々といった表情で頷く。
「わかりました。うちの方でも調べてみることにします」
編集長が女性記者を見て答える。女性記者が嬉しそうに大きく頷いた。